関城跡

県西

筑西市

南北朝時代といわれる1340年代、朝廷は南朝と北朝に分れ、対立抗争し、その時代、南朝方の拠点となり、激戦の末落城したのが、この関城。城主であった関宗祐父子の墓と伝えられる 宝篋(ほうきょう)印塔、「関城之碑」も建てられています。国指定文化財。 関城跡史跡近隣には、坑道跡や土塁、堀も残され往時を偲ぶことができます。 周辺は田畑、ナシ園等が広がっており、筑波山も眺望でき、のどかな風景と共に城跡の散策を楽しめます。

まるわかり情報

伝関宗祐墓(宝篋印塔)、入口正面にあります。

結城直朝の墓。

坑道跡。(奥に見える山は筑波山です)。

Information

最終更新日時は2019年10月16日です。
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